2009年8月15日土曜日

バックグラウンドというもの

昨日、知り合いの店(飲み屋)で話が出たので、つらつら考えてみた。

私はおばあちゃんがユタというのもあったかもしれないけど、
今で言うかなりスピリチュアルな子ども時代でした。

生まれた時から刷り込まれた死生観や世界観は体の一部なのでこれがまたやっかいです。
そんな古代風の頭で現代に生きているわけですから。

島を出てから、どうも私だけ風変わりな価値観を持っているらしいと
感じて蓋をしていたのです。いつも周りをドン引きさせて申し訳ないので。
ある日、難病になってしまったのをきっかけに、ゆるやかにもともとのバックグラウンドに戻れた気がします。
変な人だと思われてもしょうがないか、と。
子どもを産んで、ますます風変わりな人になってきた気がします。いや、これがもともとなんだけど。

だからと言っておどろおどろしいわけではなく、
どっちかといえば、かなりの原始人並みの第六感と思って下さればうれしいです。

私は日々泣いているのだけど(ほとんど毎日)それはだいたい感動とか人の話で泣けるとか、
そんなんばっかりなので、どこまでも能天気です。
えぇ、感受性が強いということにしておきたいです。
悩んで泣くのは一年に一回あるかどうかです。怒って泣くのは毎度ですが。

この前、宮古に帰った時にユタのおじさんに
「マウガン(守護神)をもちなさい」と言われ、全力で拒否しました。
母に言ったら「だってみんな神の子だのに」とあっけなく言われました。

宮古の宗教というかアミニズムでは、守護神当たり前なんですね。
さすがの私も知りませんでした。

今までは、うちのおばぁみたいに毎日人の悩みを聞くのは嫌だと思ってました。
でも、思い出してみれば、おばぁはいつも自由で、自分勝手で、わがままで、幸せそうでした。

別に人の悩みを聞くユタが人格者でなくてもいいわけです。
もちろん、おばぁが人格者だとは到底思えません。

お礼にもらったロレックスをロレックスと知らず身につけ、お礼にもらったシャネルのNo5を臭いと言って娘(私の母)に押しつけ
いつも化学繊維のワンピースにサバ(草履)、そして手にはタバコというの140センチのおばぁ。

うちの父に(もちろん息子ではありません)会うたびにほっぺにチューをしてました。
酒もガンガン飲み、おじいをマネジャー代わりにし、晩年は家事もしてなかったような気がする。
そしていつも歌って踊っていました。

ろくでなしの息子一家にお金を送り続け、親戚中からバッシングを受けても
私の息子だからいいんだ、と牙をむいてました。
機嫌が悪いと孫相手(私)に容赦のない罵声も浴びせてました。まぁ数回ですが、怖かったです。

バス停で一緒になった黒人の怖そうなお兄さんに(今思うにおばぁの2倍)タバコをせびってました。
文字で書くと怖いです。どんな人だ…。

で、私がユタになるかといえば、そういうのでもないらしく、それはそれでホッとしています。

つらつらと、こういう事を書くと、ドン引きする人もいるかと思います。
すいません。ただのカミングアウトです。

最近、何故かこういうことをもういいかげんおおっぴらに書きたいなぁと思うようになりました。

私の人生の指針というか、背骨は、現代社会にそぐわないにしても
私の周りにはいつも素晴らしい人がたくさんいるのだから
完全に理解されないにしても、笑って見守ってもらってしまおうと。

一般的な視点もぼんやりモードの私には皆無なので、
これからも「あぁそんなヤツだ」と思ってつきあってくれればうれしいなぁ
と家族で散歩中にふと思いました。

今日、洗足池に家族で遊びに行きました。
大事な友人から頂いたまめパン持って、宮古と言えばジャスミンティ!の
冷えたジャスミンティもって。鯉や亀に餌をまいてきました。

宮古のいるみたいに、のんべんだらりと、目的もなくふらふら歩いて、
なんとなく落ち着いています。

目的がないけど幸せって、まるで私がいつも思っていることなので。
別に刹那的なわけではないですが、今日の一日が
今までよりも明日よりも大事と思ってしまいました。

それでは、今日は早めに寝ます。おやすみなさい。